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東京高等裁判所 昭和52年(う)416号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人両名につき、弁護人五百蔵洋一、同吉羽眞治連名作成名義の控訴趣意書、被告人平野克巳につき弁護人吉羽眞治作成名義の控訴趣意書、被告人吉野精一につき弁護人五百蔵洋一作成名義の控訴趣意書(二)にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらをここに引用し、これに対して、当裁判所は次のとおり判断する。

五百蔵弁護人、吉羽弁護人両名の控訴趣意第一(刑事訴訟法三七八条二号該当の事由)について〈略〉

五百蔵弁護人、吉羽弁護人両名の控訴趣意第二(法令適用の誤り)および第三(事実の誤認)について。

所論は、前記電波法違反の事実につき、「原判決は、電波法五九条の、無線通信を『傍受』するとは、無線機を操作して、自己以外の特定の相手方に対して行なわれる無線通信を積極的に受信することをいうものと解釈し、この解釈を本件に適用して、被告人両名は、水野泉、杉山幸子と共同して無線通信を傍受したのではなく、自ら傍受した無線通信を同女らに聞かせて、その通信の秘密を漏らした旨判示しているが、電波法にいう『傍受』といいうるためには、必ずしも無線機を操作しなければならないものではなく、甲、乙両名が意思を通じあつて聞く場合には、無線機を甲が操作するか、乙が操作するか、あるいは両名で操作するかは問題ではなく、いずれの場合も『傍受』に該当するといわなければならない。また、積極的に受信するということは、極めてあいまいな概念である。電波法一〇九条一項は、無線通信の秘密を漏した者を処罰する旨定めているが、二人以上の者が秘密を知ろうとして共同して無線を聴取する行為は法に触れるものではないから、結局、二人以上の者が無線を聞いた場合に、秘密を漏らしたか否かの判断は、二人以上の者が意思を通じあつて無線をきいたか否かを基準とせざるを得ない。本件における水野泉、杉山幸子は被告人らと共同して無線通信を聴取したものであり、無線通信の秘密を漏らす対象にはあたらないにも拘らず、被告人両名の行為が無線局取扱中にかかる無線通信の内容を右水野泉、杉山幸子に聞かせて、その秘密を漏らしたとして、電波法一〇九条一項を適用して処罰した原判決は、明らかに判決に影響を及ぼす法令の適用の誤り、事実の誤認をおかしたものである。」というのである。

そこで、考察すると、電波法五九条は、何人も法律に別段の定がある場合を除いて、特定の相手方に対して行なわれる無線通信を傍受してその存在若しくは内容を漏らしてはならない旨規定し、同法一〇九条一項は、無線局の取扱中に係る無線通信の秘密を漏らした者を処罰する旨規定しているから、これらの規定を合わせて考えると、特定の相手方に対して行なわれる無線通信を傍受することは禁止されてはいるけれども、単にこれを傍受しただけでは同法による処罰の対象とはならないこと、二人以上の者が、意思を通じて、受信した無線通信を数個のヘツドホーン若しくはスピーカーなどを通じて同時に聴取することにより、無線通信を共同して傍受したと認められる場合には、共同傍受者相互間は、通信の秘密を漏らす相手方にはあたらないことは、いずれも所論のとおりである。なお、原判決は、「弁護人らの主張に対する判断」として、無線通信を傍受するとは、無線機を操作して自己以外の特定の相手方に対して行なわれる無線通信を積極的に受信することをいう旨判示しているが、右判示は、自ら無線機を操作した者だけを傍受者と解し、これを操作する者と意を通じて、無線機を直接操作しないで、共同傍受する場合のありうることを否定したものとまでは認められないから、原判決の法令解釈が誤つているとはいえない。

ところで、受信した無線通信をスピーカーを通して二人以上の者が同時に聴取した場合、必ずしもその全員が共同して無線通信を傍受したと認めなければならないものではなく、当該無線機を購入または所持し、これにより無線通信を聴取するに至つた目的、経緯、購入または所持した無線機の使用管理の状況等から共同傍受者の範囲を確定すべきであつて、共同傍受者と認められない者は共同傍受者と同時に無線内容を聴取した場合であつても、共同傍受者が受信した無線通信の内容を聞かされる第三者の立場にあり、したがつて通信の秘密を漏らす相手方となるものといわなければならない(なお、弁護人らは、当審における弁論において、電波法一〇九条一項にいう無線通信の「秘密を漏らす」とは極めてあいまいな概念であり、右条項は罪刑法定主義を規定した憲法三一条に違反し、仮に条項が憲法に違反しないとしても、「聞く」ことと「聞かされる」こととの概念をできる限り明確に区分しないときは、やはり憲法三一条に違反する旨主張するのであるが、電波法一〇九条一項の無線通信の「秘密を漏らす」とは、無線通信が誰から誰宛に行なわれたかという事実、またはその行なわれた通信の意味内容を他人に漏らし、また他人が知りうる状態に置くことを指すものと解するのが相当であるから、その構成要件が所論のように、とくに内容があいまいであつて、罪刑法定主義を規定した憲法三一条に違反するとは認められず、また、数名が同時に無線を聴取した場合、前記のように、傍受ないし共同傍受者を限定的に解釈し、それ以外の者が通信の秘密を漏らす相手方に該当するものと解釈するのが相当であるから、電波法の右条項が所論のように、「聞く」ことと「聞かされる」こととの概念の区別が明確さを欠き憲法三一条に違反するものと認められない。)。

そこで、被告人らの原判示第二の所論につき、電波法一〇九条一項を適用すべきであるかどうかについて検討すると、原判決が原判示二の事実につき掲げる関係証拠および当審における事実取調の結果によれば、

1  被告人両名は、いわゆる暴走族マツドスペシヤルに所属し、被告人平野は、同暴走族阿佐谷支部長の地位にあり、同吉野は、被告人平野の当時の住居であつた東京都杉並区高円寺南四丁目一七番八号スカーーレツトハイツ二〇一号室に寄寓していたものであるが、被告人らは、乱、アーリーキヤツツなど他の暴走族との対立抗争にそなえて、警察無線を盗聴し、他の暴走族についての情報ないし取締状況等を探知しようと考え、昭和五一年六月三日、都内秋葉原の丸善無線電機株式会社に赴いて、警察無線を傍受する性能を有する原判示MR11VFO受信機、ボールスピーカー各一台および電圧器一組を購入したこと。被告人らは、右購入に当り、同店店員より右受信機の操作方法を教えてもらつたが、その際、一人で聴く分には違反にならないが、聴いたことを他人に話してはいけない旨注意をうけたこと。なお、右無線機等の購入代金は、原判示第二の四、第三の三記載のとおり、被告人吉野が、同平野の身代り犯人となつて警察へ出頭したことの代償として、被告人平野から同吉野へ交付された金三万円から支払われたこと、

2  水野泉(当一五年)は被告人平野と前記スカーレツトハイツ二〇一号室で同棲していたもの、杉山幸子(当一五年)は家出し、当時被告人平野の前記居室に寝泊りしていたものでともにレデイス・マツドスペシヤルのメンバーであつたが、同女らは単にマツドスペシヤルの男子メンバー運転の車両に同乗するに止まり、レデイス・マツドスペシヤルとして独自の行動をとる意思も能力もなかつたこと。同女らは、被告人らが前記のとおり本件無線機を購入する際、被告人らに随伴して丸善無線に赴いたが、右購入に際して無線機のデザインについて口を出しただけで、購入の可否、購入すべき受信機の性能、価格等について意見を述べるなど、主体的に行動した形跡は全く窺われず、また、右無線機の操作方法の教示も受けず、これを自ら操作する能力もなかつたこと、

3  被告人らは、右購入後、意思を通じ、前記スカーレツトハイツ二〇一号の被告人平野の居室において対立する暴走族アーリーキヤツツの情報等を求めて、ダイヤルを廻し、こもごも本件無線機を操作しつつ、警察無線を傍受し、スピーカーを通して、その場に居合わせた前記水野泉、杉山幸子らを含め、右四名で同時にスピーカーを通して原判示の警察無線内容を聴取し、被告人吉野が各地区の警察無線の周波数をメモするなどしたこと、

以上の事実を認めることができ、右認定のような本件無線機購入およびこれによる無線通信聴取の経緯、購入の本件無線機の使用、管理の状況、水野泉および杉山幸子と被告人らとの関係等に徴すれば、被告人らは、意思を通じて、本件無線機を操作し、共同して無線局の取扱中にかかる無線通信を傍受し、スピーカーを通して自ら無線内容を聞くと同時に、その場に居合わせた前記水野泉、杉山幸子らにもこれを聞きうる状態において、右無線内容を聞かせ、その通信の秘密を漏らしたものと認めるのが相当であつて、被告人らの右行為は電波法一〇九条一項に該当するものといわなければならない。記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討してみても、以上の認定を左右するに足りる証拠は存在せず、原判決には所論指摘のような法令解釈ないし適用の誤りまたは事実の誤認は存在しないから、論旨は理由がない。〈以下、省略〉

(綿引紳郎 石橋浩二 藤野豊)

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